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トリチウム(3H)

概要

トリチウムとは*1, *2

水素の放射性同位体で、β-壊変によりβ線を放出しますがγ線を放出しない「純β放出核種」であり、半減期は 12.32 年です。

記号 質量数 性質 天然存在比
軽水素
Protium(プロチウム)
1H 1.0078 安定 99.9885%
重水素
Deuterium(デュテリウム)
2H、D 2.0141 安定 0.0115%
三重⽔素
Tritium(トリチウム)
3H、T 3.0160 放射性 ごく微量

トリチウムの発生源*3, *4

【自然起源】

・一次宇宙線から生成した二次宇宙線と大気上層の窒素や酸素との核反応 (14N+n→3H+ 12C など)により生成。
(地殻中でのウラン等の自発核分裂からの生成もあげられるが、大気中での生成量に比べれば無視できる量である。)

【人工起源】

・過去の大気圏内核実験により環境中に放出(235U、238Pu等の三体核分裂および発生した中性子によるN、Oとの反応)

・原子力施設(原子力発電所や再処理施設)から環境中に放出(核燃料の三体核分裂による生成および制御棒(減速材)に含まれる10Bの核反応、炉水の放射化)

トリチウムの存在形態*3 - *5

大気中で生成されるトリチウムの年間生成量は 72 PBq(P(ペタ)=1015)と推定されており、そのほとんどが酸化されてトリチウム水(HTO:水素原子1個がトリチウム(T) に置換)の形態となり、大気中水分、雨水、陸水、海水などの水循環に取り込まれる。

トリチウムの存在形態

トリチウム水以外の化学形態としてガス状のトリチウム(HT、CH3T)や生物試料にトリチウムが取り込まれた組織自由水トリチウム(Tissue Free Water Tritium; TFWT)もしくは有機結合型 トリチウム(Organically Bound Tritium; OBT)があげられる。さらに、有機結合型トリチウムには、酸素原子や窒素原子などと結合し容易に水素と交換する交換型と、炭素鎖にトリチウムが結合し交換されにくい非交換型に分類される。

トリチウム分析の目的*6-*8

トリチウムは人体の主要構成元素の一つである水素の放射性同位体であるため、代謝挙動が異なる摂取時のトリチウムの化学形が被ばく線量評価上重要となる。

呼吸(吸入)、皮膚(吸収)、 飲食物(摂取)の三つの経路を通じてトリチウムが体内に取り込まれる場合、呼吸及び皮膚経路では大気中水分及び水素ガスが、飲食物では水と有機形のトリチウムがそれぞれ考慮すべき化学形となる。また、農畜産物、水産物を含む環境生態系におけるトリチウムの挙動に関する知見も必要になる。

1F 事故に伴い発生している人工放射性核種で汚染された水の処理には、多核種除去設備(ALPS)が用いられ、放射性セシウムを含む 62 核種の除去を行っているが、ALPSではトリチウムを除去することができない。

トリチウムの分析方法

(1)蒸留法

蒸留して水試料から夾雑物を取り除く方法であり、測定器の仕様にもよるが、目標とする濃度>0.5 Bq/L程度の場合に用いる。生物試料の場合は凍結乾燥により組織自由水と乾物に分けてそれぞれ分析する方法が一般的である。組織自由水は有機物を湿式分解(還流)した後、蒸留する。乾物は燃焼して得られた水分(燃焼生成水)を回収し、燃焼生成中の有機物を湿式分解(還流)した後、蒸留する。

(2)電解濃縮法*9,*10

トリチウムを濃縮する方法であり、トリチウム濃度の低い試料(海水等)の検出を目標とする場合に用いる。蒸留した水試料を電気分解して減容し、同位体効果(プロチウム及びデュテリウムを含む水がトリチウムを含む水に比べ電気分解されやすい)によりトリチウムを濃縮する方法であり、トリチウムを6~8倍に濃縮することができる。主に、金属電極を用いてアルカリ水溶液を電解する方法と固体高分子電解質(SPE)を用いた方法がある。

分析フロー

減圧蒸留

留出液(500 mL)

電解濃縮

2週間(60mL程度まで濃縮)

常圧蒸留

←乳化シンチレータ 50 mL

留出液(50 mL)

LSC

生物

凍結乾燥

組織自由水

乾燥物

燃焼

還流

蒸留

留出液(50 mL)

←乳化シンチレータ 50 mL

LSC

トピックス

トピックス1

夜光時計にご注意ください*11-*13

外国製夜光時計は夜光塗料としてトリチウムが用いられているものがあります。
実際に時計から漏洩したトリチウムにより試料水が汚染したとの報告*1がありますので、注意する必要があります。
分析試料のトリチウム濃度が異常に高く、原因を調査したところ前処理担当者の高級腕時計が原因だったケースもあります。
また、局舎の保安器収納箱内の機器からトリチウムが発生していたという報告もあります。
トリチウム分析の実施場所においてはこのような物品を持ちこまないよう注意喚起しつつ、異常な値が検出された場合は
実験室やサンプリング場所の汚染も疑ってみると良いかもしれません。

トピックス2

静電気について*14

液体シンチレーション測定では静電気による擬似計数がみられる場合があります。特にテフロン製のバイアルが帯電しやすく、バイアルがターンテーブル上を移動するタイプの液体シンチレーションカウンタにおいては発生する確率が上がります。防止対策としては静電気除去スプレーを測定開始前に測定バイアルにスプレーする方法と、液体シンチレーションカウンタに内蔵されるイオンシャワーによる静電気除去機構を用いる方法があります。このような対策を講じていても静電気が発生する時があります。特に測定器内でバイアルを交換した直後に発生する確率が高いので、最初の数回は思い切って棄却するのも一つの手だと思います。

トピックス3

蒸留以外の精製方法について

蒸留法以外にも水試料に含まれる不純物を除く方法があります。それは、陰イオン交換樹脂と陽イオン交換樹脂を混合したカラムに試料水を流して不純物を樹脂に吸着させて、水を精製する方法です。プレパックのカラムが市販されており、測定供試量が10 mL程度であればカラム通過液をそのまま液体シンチレーション測定できる性能を持っています。
蒸留法に比べ分析に必要な実験台の面積が小さく、ガラス器具等を必要としないため大量の試料を一気に精製したい時には有効な方法です。また、当然ですが電気を必要としないため電気設備が無い実験室においてもこのカラムがあればトリチウム分析の前処理が可能です。陽イオン交換樹脂と陰イオン交換樹脂をそれぞれ用意し、1:1で混合したものをカラムに充填しても精製できます。水道水のように塩濃度の低い試料には適しておりますが、海水のように塩濃度の高い試料の場合、残存イオンを除去しきれなかったり、流速が低下(送液が停止することもあります)することもありますので、樹脂量を増やしたり希釈したりと少し工夫が必要になるかもしれません。蒸留法でもそうですが、シンチレータと混ぜる前に電気伝導率測定等で精製できているかを確認するようにしましょう。

トピックス4

凍結乾燥をはやくするコツ*15


OBTやTFWTの分析に欠かせない工程として真空凍結乾燥処理があります。この作業って結構時間掛かりませんか?
実はお金を掛けずにほんのひと工夫で迅速化する方法があります。
それは・・・・・・
真空凍結乾燥中に「試料の塊を小さくする」ことです。
そんなわけないだろうと思われるかもしれませんが、試料を細かくすることで表面積が増し、処理速度が上がります。
実際に海産生物1kgの真空凍結乾燥を板状のままで実施した場合と5分割した場合で比較したところ、板状の試料は処理に9日必要でしたが、5分割した試料は5日と倍近くの速度で凍結乾燥処理できました。
1日でも早く分析結果を出したい場合は試してみてはいかがでしょうか?

関連する放射能測定法シリーズ

参考文献

  1. *1

    Evaluated Nuclear Structure Data File. https://www.nndc.bnl.gov/ensdf/, (cited 2024-10-1)

  2. *2

    J. S. Coursey, D. J. Schwab, J. J. Tsai, R. A. Dragose. Atomic Weights and Isotopic Compositions with Relative Atomic Masses, NIST Physical Measurement Laboratory(Last update: January 2015). https://www.nist.gov/pml/atomic-weights-and-isotopic-compositions-relative-atomic-masses, (cited 2024-10-1)

  3. *3

    D. G. Jacobs. Sources of Tritium and Its Behavior Upon Release to the environment. Oak Ridge National Lab. (ORNL), Oak Ridge, TN (United States), 1968, TID-24636.

  4. *4

    宇⽥ 達彦, ⽥中 将裕.⼩特集, 施設起源トリチウムの移⾏モデルと環境トリチウム分布: 2.環境トリチウムの現状と分布. 2.1 ⼤気中トリチウム濃度の変遷と化学形態別測定. J. Plasma Fusion Res. 2009, vol. 85, no. 7, p. 423-425.

  5. *5

    柿内 秀樹.トリチウムの環境動態及び測定技術. ⽇本原⼦⼒学会誌. 2018, vol. 60, no. 9, p. 537-541.

  6. *6

    UNSCEAR(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation). Sources and Effects of Ionizing Radiation, UNSCEAR 2000 Report to the General Assembly, with Scientific Annexes, Volume I: Sources, Annex A: Dose assessment methodologies. 2000.

  7. *7

    経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/alps.html)(2024年10月1日 利用)

  8. *8

    首相官邸, 政策会議. 廃炉・汚染⽔・処理⽔対策関係閣僚等会議: 東京電⼒ホールディングス(株)福島第⼀原⼦⼒発電所における多核種除去設備等処理⽔の処分に関する基本⽅針. 廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議(第5回). 2021. https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/alps_policy.pdf , (参照 2024年10月1日)

  9. *9

    柿内 秀樹. ⼩特集,トリチウム分離・濃縮技術: 4.環境分析のためのトリチウム電解濃縮. J. PlasmaFusion Res. 2016, vol. 92, no. 1, p. 26-30.

  10. *10

    “UNSCEAR. Sources, Effects and Risks of Ionizing Radiation, UNSCEAR 2016 Report to the General Assembly, with
    Scientific Annexes, Annex C : Biological effects of selected internal emitters—Tritium. 2016.”

  11. *11

    村⼭ 義彦. 夜光時計⼯業におけるRI利⽤と放射線管理. 保健物理. 1981, vol. 16, p. 237-246.

  12. *12

    徳⼭秀樹, 吉⽥暁美. 夜光時計から漏洩した⽔蒸気状トリチウムの⽔への移⾏. RADIOISOTOPES. 1998. vol 47, p. 560-562.

  13. *13

    春⽇ 俊信, 霜⿃ 達雄, ⼟⽥ 智宏. 局舎内の合板からのトリチウム発⽣事例. 新潟県放射線監視センター年報. 2019. vol. 9.

  14. *14

    佐藤兼章, 小野容子, 新田済, 前山健司, 磯貝啓介, 樋口英雄. 液体シンチレーション測定によるトリチウムの分析結果の信頼性及び測定バイアルの検討. RADIOISOTOPES. 1997, vol 46, p. 135-143.

  15. *15

    H. Kuwata. et al. Rapid Tritium Analysis for Marine Products in the Coastal Area of Fukushima. Radiation Environment and Medicine. 2020, vol 9, no. 1, p. 28-34.

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